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| 津田永忠事跡 |
津田永忠が残したものの一部を訪問した。津田永忠は初期の岡山藩池田氏に仕えた藩士で。数々の新田を開拓するとともに、倉安川を初めとする用水路の開鑿、岡山城下の洪水対策としての百間川の掘削、後楽園、閑谷学校の築造など、現代に残るほどの多くの施設の建設を行なった。岡山藩ひいては現在の岡山県の礎を築いたと言っても過言ではない。重機も満足な測定器もない時代に、よくもこれだけのことを行えたと驚くほかはない。まさに天才技術者と言えるだろう。寛永17年(1640)生、宝永4年(1707)没、享年68才。
津田永忠の残したものは、国宝、国史跡などに指定されているものが多く、現在岡山県では世界遺産登録の準備を進めている。下記のうち「岡山から世界遺産を」(岡山県)のサイトは削除された様子。 >> 岡山から世界遺産を >> 岡山世界遺産登録をめざして 津田永忠の業績の発掘には、就実大学名誉教授柴田一氏の研究が大きく貢献しているものと考えている。その一つの例がこの書籍。 >> 岡山藩郡代 津田永忠 (上,下) |
| 和意谷 池田家墓所 | 池田家藩主の墓所。寛文9年(1669年)完成 |
| 閑谷学校 | わが国最古の庶民の子弟教育施設。延宝元年(1673年)開校 |
| 百間川 | 岡山城下の洪水対策として開鑿された旭川の分流。貞享3年(1686)完成 |
| 後楽園 | 岡山城近くの庭園。日本三公園の一つとされる。元禄13年(1700)完成 |
| 津田永忠墓所 | 後の人が築造した津田永忠の墓所で、岡山県和気町にある。完成時期不明 |